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北朝鮮の核廃絶が"ありえない"2つの理由

4月27日の南北首脳会談、そして5月末か6月初め予定といわれる米朝首脳会談。最大のテーマは北朝鮮に核開発計画を放棄させられるか、ということだ。だが世界史に詳しい著作家の宇山卓栄氏は、「北朝鮮の体制維持のうえで、核兵器は絶対的利益。北朝鮮が非核化を受け入れることはあり得ない」と警鐘を鳴らす――。
北朝鮮にとって核保有は絶対的利益であり、何かと引き換えに放棄することなどありえない?――水素爆弾の模型を前に担当者から説明を受ける金正恩委員長(写真=EPA時事通信フォト)

イラク戦争の引き金になった「ブッシュ・ドクトリン」

「脅威がアメリカに達する前に自衛のために先制攻撃をすることは正当である」

これは、2002年に発表された「ブッシュ・ドクトリン」(正式名は「アメリカ合衆国の国家安全保障戦略」)で打ち出された先制攻撃理論です。

北朝鮮の核ミサイルの脅威が日々増大している現在ほど、この「ブッシュ・ドクトリン」が「待望」されている時はないでしょう。「待望」を口に出して言えないものの、皆、内心では「待望」しているか、あるいは「待望」するしかないと思っているはずです。

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この先制攻撃論によって、アメリカは2003年のイラク戦争を引き起こしました。イラク戦争の苦い失敗の経緯から、先制攻撃論が国際秩序を乱す「ユニラテラリズム(単独行動主義)」と見なされ、否定されてきました。

しかし、トランプ大統領は昨年8月8日に「これ以上、アメリカにいかなる脅しもかけるべきでない。北朝鮮は炎と怒りに見舞われるだろう」、8月10日に「誰も見たことのない事態が北朝鮮で起きるだろう」と述べ、先制攻撃も辞さないことを示しました。封印されてきた「ブッシュ・ドクトリン」が再び、その姿を現すのでしょうか。

1994年に検討された、北朝鮮核施設への攻撃

アメリカがすぐに先制攻撃できないのは、ソウル市民が「人質」に取られているからです。38度線に配置された約1万のロケット砲(長射程砲など)がソウルを向いており、これらが火を噴けば、100万人が犠牲になると言われています。日本にもミサイルが飛んで来ないとも限りません。

1994年、クリントン元大統領も北朝鮮の核施設のピンポイント攻撃を実行しようとしましたが、「人質」のことを考え、実行できなかったのです。

これに対し、ジェームズ・マティス国防長官は昨年9月18日、「多くの軍事的選択肢があり、その選択肢には、北朝鮮の報復攻撃でソウルが危険に晒(さら)されない方法も含まれている」と述べました。何らかの電撃的な「斬首作戦」があるのか、あるいは開戦と同時に、38度線のロケット砲を一網打尽にする作戦があるのか、真意はよくわかりません。しかし、マティス国防長官の言うように、「人質」に危害を与えず、北朝鮮を攻撃することが可能ならば(手品のような話ですが)、作戦の実行があるかもしれないと多くの人が考えたと思います。

キューバ危機は「抑止政策」で回避できたが

一方、先制攻撃をしないのであれば、従来通りの「抑止政策(抑止理論)」に回帰するしかありません。抑止政策とは、相手が攻撃的な行動をとった場合、こちらは報復的措置をとると威嚇して、相手に攻撃的な行動をとることを思いとどまらせることをいいます。

また、攻撃を思いとどまった場合、あるいはその手段を緩和・放棄した場合には、相手に報償を与え、攻撃を抑止しようと試みる場合もあります。さらに報復と報償を組み合わせ、攻撃的行動をとることによって得られる期待利益より、攻撃的行動をとらないことによって得られる期待利益の方が大きいと、相手が判断できる状況を創り出す場合もあります。

冷戦時代、キューバ危機などの幾度かの危機を経ながらも、アメリカとソ連の間で核戦争が起きなかったのは、このような「抑止政策」が効いていたからだと言えます。では、「抑止政策」は北朝鮮に効くのでしょうか。北朝鮮は事実上、核保有国家と見なされています。北朝鮮に核攻撃を思いとどまらせることを保障することはできるのでしょうか。

冷戦時代、アメリカにとって、抑止政策の主なターゲットはソ連でした。アメリカはソ連が理性的な国家であり、「攻撃を行った場合の期待利益<攻撃を行わなかった場合の期待利益」という式を合理的に判断することを前提にしていました。このような「了解」に基づいてジョージ・ケナンが打ち立てようとしたのが、核先制不使用(NFU/no-first-use)の原則です(※注1)

しかし、北朝鮮ソ連のような「合理的な判断」をする国家だとは限りません。北朝鮮のような「ならず者国家」でなくとも、歴史の中には「合理的な判断」を失い、破滅に向かって暴走した例がいくつもあります。わが国の戦前の軍部がコントロールを失い、無謀な戦争に突入していった当時の心理を考えれば、「合理的な判断」という前提がいかにもろいかということがわかります。

望まぬ戦争をもたらす「敵意のスパイラル」

冷戦時代の米ソの対立のような核戦力を媒介にしたものから、近代以前の通常兵力を媒介した対立まで、「抑止政策」は幅広く機能し、それなりの効果をあげてきました。一方で、ひとたび均衡が失われると、抑止効果がすぐに壊れてしまうことも、歴史が証明しています。

第1次世界大戦の勃発前、主要なヨーロッパ列強は「抑止政策」によって戦争を回避しようとしました。急速に台頭するドイツの脅威に恐怖を感じたロシアとフランスは、露仏同盟を結びます。さらに、ロシアは軍備を急速に増強し、フランスの資金援助で鉄道網も拡充させました。

ロシアもフランスも現実には戦争を望んでおらず、防御を固めようとしただけだったのですが、ドイツはこれを戦争の準備と捉えました。そして、1914年のサライェヴォ事件発生後、ロシアが防備のために動員した陸軍がドイツの猜疑心と恐怖心をかき立て、ドイツ軍によるロシアへの攻撃へとつながりました。

防備を固めることで他国の攻撃を抑止しようとしたものの、その意図とは裏腹に、かえって他国の攻撃を招いてしまった事例です。このような皮肉は「セキュリティー・ジレンマ」(1951年、国際政治学者ジョン・ハーツによる命名)と呼ばれます。

第1次世界大戦勃発前のドイツは、周辺の列強の動きによって、極度の心理的ストレスの中にありました。このようなストレスの中で、防御と攻撃を区別することなどできません。「抑止政策」は相手の不安と恐怖を増大させ、バランス感覚を失わせ、本来ならばあり得ないような極論へと導くこともあるのです。

国同士が相互に不安と恐怖をエスカレートさせていく状態を、アメリカの国際政治学者ロバート・ジャーヴィスは「敵意のスパイラル」と呼び、「抑止政策」が失敗する最大の理由であると指摘しました(※2)

「抑止政策」は、相手が「合理的な判断」をするという前提の上に成り立つものです。ジャーヴィスはこの「合理的な判断」が、「敵意のスパイラル」に陥っている国々にとっては確保し得ないものであり、その結果として危険なチキンゲームが双方に破滅をもたらすと、「抑止政策」を批判しました。

 

北朝鮮のような独裁国家では、極度の心理的ストレスを、独裁者がほとんど一人で背負わなければなりません。そのストレスに耐えられず、「合理的な判断」が吹き飛んでしまうリスクは、通常の国家と比べてはるかに高いとも考えられます。もしそうなれば、「抑止政策」は効かないどころか、むしろ戦争を誘発する原因となってしまいます。

北朝鮮にとって核保有は絶対的利益

一方、「抑止政策」が北朝鮮に効いているとする見解もあります。3月に、北朝鮮が核放棄を前提に対話に応じる準備があると表明したことは、昨今の制裁圧力やトランプ政権の威嚇が北朝鮮を対話に向かわせた結果であるという見解です。しかしこれは、率直に言ってお気楽な話だと思います。

北朝鮮はそもそも核を放棄しません。北朝鮮が査察を受け入れて非核化を保障するなど、あり得ないことです。北朝鮮は核さえ持てば、体制を維持することができ、結局、アメリカなどの他国も自分たちの要求に屈することになると考えています。核保有は、北朝鮮のような「ならず者国家」にとって絶対的な利益です。核を放棄したことで得られるいかなる報償も、その絶対的利益の前には無力です。

そして、何よりも、時間的要因を考慮に入れなければなりません。これまでの「抑止政策」に基づく駆け引きが、結果として北朝鮮に多くの時間を与え、同国が核戦力を実戦配備できるレベルに到達しつつある経緯を考えれば、もはや「抑止政策」の限界をこそ認識するべきでしょう。

「ブッシュ・ドクトリン」の封印を解くこと以外に、この危機を根本的に解決する手段を、残念ながら今、世界は持ち合わせていません。トランプ大統領はマクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を解任し、後任にジョン・ボルトン氏を充てました。ボルトン氏はジョージ・W・ブッシュ政権下で国務次官(軍備管理担当)として、「ブッシュ・ドクトリン」をイラク戦争で遂行した実務家です。北朝鮮に対しても、強硬な主張をしているボルトン氏の起用が何を意味するのか、注目されています。

(※注1)ジョージ・ケナン、清水俊雄(翻訳)、奥畑稔(翻訳)『ジョージ・F・ケナン回顧録II』(中公文庫)2017年、原書は1967年、『Memoirs』(Little, Brown)
(※注2)ロバート・ジャーヴィス、荒木義修、他(翻訳)『複雑性と国際政治――相互連関と意図されざる結果』(ブレーン出版)2008年、原著は1997年、『System Effects:Complexity in Political and Social Life』(Princeton University Press)(写真=EPA時事通信フォト)

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